| サファリにて |
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マサイ・マラ国立特別保護区。 眩しいほどの青空、真っ白な雲。大草原の地平線がどこまでも広がる。 愛風里花の風が吹く。ここは標高1600〜1900メートルの高地ですこぶる快適である。 (2007年 5月 1日 [火曜日])
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| ティカの少年院でモヨの子供たちと |
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少年院と言っても更正院としての更正施設で日本の少年院とは趣を異にする。罪を犯したという点で同じであっても、彼らの場合は食べるものの窃盗が主で、それの再犯でここにいるケースが多いのだろう。 彼らの表情態度からはおおよそ、それは推測もできない。彼らはここで衣食住が充足して、ある面で安定した生活が約束されるのかも知れない。最初にお茶を点ててお出しした。干菓子をみんなに一つずつ配って、それは甘いものだから彼らは喜んで食べていた。しかし、抹茶となると一口、口につけると、みんなはギブアップして飲めなかった。遊書の方は全員がお日様の「日」という字を書いた。こちらの方は興味を持ったらしく。いい意味でワイワイガヤガヤと明るく楽しく取り組んで下さった。お互いにお礼を述べ、彼らはドラマとして劇をして下さった。今日の日のために練習してくれたのだろうか?熱心に真面目に演じてくれたのが嬉しかった。松下さんが私に挨拶を求め、英語で挨拶をした。みんなで記念写真を撮ってとても楽しい時間を過ごさせていただいた。 午後はモヨ・チルドレンセンターの8人の孤児の子供たちと「新しい家」でじっくりと交流させていただいた。 (2007年 5月 2日 [水曜日])
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| ストリートチルドレンの子供たちと |
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スタジアム、ここがストリートチルドレンの子供たちの憩いの場であり、学びの場であり、給食が与えられる場である。地べたに座って子供たちと一緒に食事をした。 (2007年 5月 3日 [木曜日])
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| スラムの子供たちと |
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この子達のあの明るさ、元気のよさ、屈託の無さはナンなのだろう? 幸せとはナンだろうと深く考えさせられた。 (2007年 5月 4日 [金曜日])
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| モヨの8人の孤児たち |
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ティカでの体験は、私にとってはショックの連続だった。知らないことは「無知」なのだ。日本という世界の中で、世界を生きているなんて考えるとはナンと馬鹿げた、恥ずかしいことだろう?見聞を広めるという点では、本当に旅は自己発見だ。8人の子ども達。この逞しさは?照さん、松下照美さんの愛に支えられてのことなのだろうか? (2007年 5月 5日 [土曜日])
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| フラミンゴの飛翔 |
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58回目の誕生日をティカからナクル湖、ナイロビ、そしてアムステルダムへと飛行する日を送った。 (2007年 5月 6日 [日曜日])
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| ゴッホとの再会 |
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アムステルダムでの時間調整の中でゴッホ美術館へ行った。見るたびにその凄さに魅了される。改めるまでもなく彼は天才だ。 (2007年 5月 7日 [月曜日])
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| 愛風里花(アフリカ)からの帰郷 |
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いつの日か愛の風が吹き、花咲く里になりますように。 ご支援者の方々と ご無沙汰しました。テルです。 5月1日(火)、「お客様を待ちながら」ブログを書いて、早や一週間が経ちました。 そのお客様も一昨日(6日)夜、日本へ帰国されました。今頃は日本にお着きかと思います。 5月1日皆様が遅れに遅れてティカ入りされたのが、夜も8時を過ぎていました。サファリからの帰りの道の状況が良くなかったことに加え、車のトラブルも続出し、時間がかかったとのことでした。 その夜はテレビを見に来ていた「新しい家」の子どもたちと挨拶を交わし、ホテルへご案内、ホテルでの遅い夕食を終えたときは、もう11時も近かったでしょうか。 翌2日(水)は午前中はティカ更生院、午後は「新しい家」でお客様のお一人からお点前と書の指導を受けました。 ・・・この方は日本各地で「遊書展」という書の展覧会を開かれ、そこから得られた収益を全てご寄付、バングラディシュで小学校を建設されたり、子どもの生活を支援されたりしています。昨年来当モヨも多大のご支援を頂いています。・・・ このKさんの鮮やな筆運びに、子どもたちから驚きの声があがります。さあ、それから皆で初めての書に挑戦です!見本を示され、お手伝いくださっているお姉さんに恥ずかしそうに教わり、書き始めます。 恐る恐る書き始める子、ダイナミックに絵のように書く子、習っていたかのように器用に書く子・・・それぞれの個性がでます。 書き終わった後は、それぞれ書いた書を手にプロのカメラマンMさんが記念撮影をしてくださいました。 お手前の子どもたちの感想は? 「お菓子は美味しいけど、お茶はちょっと苦い」でした。 さて3日(木)はスタジアムでストリートの子どもたちとの交歓パーティー。婦人グループのメンバーが食事を用意してくれました。食事の準備はお任せして、その間私は皆様をタウンへご案内。短い時間でしたが、ティカタウンの様子を味わって頂きました。 さてお腹も一杯になったところで、ここでも食後に初めての書道に挑戦!青空の下、大きな木の木陰での手習い。「オレのが一番!」「違うよ!俺のがきれいだよ!」「ネっ、オレのだよネ!」と大騒ぎの子どもたちでした。 そして終わった後は子どもたちがダンスでお返し。皆で楽しみました。 その後日本の方々が託してくださった、紙風船や紙で折った兜などを貰い、大喜びでした。 4日(金)はモヨがティカで活動を始めて依頼関わっているスラムをご案内し、その後小学校の教室を借りての書道教室です。そこで書を体験させて貰ったのは私たち一行についてきたスラムの子どもたち。ほとんどの子が顔見知りでしたが、中には赤ちゃんを背負っての子どもも数名いました。50人余りはいたでしょうか。一個大隊?が小学校へ繰り込みました。 教室の椅子に座らせ四人ずつ呼び出し、書かせるのですが、我先に書きたがるのをなだめつつ、何回でも書きたがる子を説得しつつ、それでも皆が書き終えるまで一時間余り、本当に賑やかな寺子屋風書道塾?でした。 そのスラムの様子に「本当に驚きました・・・ショックです・・・こういう生活があるなんて・・・でもこの子どもたちの表情の何と明るく、何と人懐っこいことでしょう・・・」とお一人がつぶやくように言われていたのが、心に沁みました。 5日(土)は孤児たちの「新しい家」での日本食体験パーティー。日本で「旬の食材を楽しむ会」を主宰していらっしゃる方の本格的な日本料理を楽しませて頂きました。調味料等は日本からご持参、米、野菜、鶏肉等はこちらの食材を使いました。 子どもたちも準備からお手伝い、その過程も学びました。 出来上がって大きなバナナの葉っぱの上に彩りも美しい京都風箱寿司、サラダ、棒棒鶏等が並べられると、子どもたちや近所からお招きしたお客様から歓声が上がります。加えて子どもたちの大好きな地鶏のスープに更に顔がほころびます。 いざ、食べ始めると、心配していた始めての味も何のその、あっという間に「おかわり」の声が出ました。作ってくださったMさんご夫妻もほっとしたごようす。「皆さんが美味しそうに食べてくれて嬉しいです」と喜んでくださいました。 子どもたち、スタッフ、お客様共々和やかな楽しい一日でした。 美味しいご馳走をありがとうございました。子どもたちも日本の料理の美しさと美味しさをいつまでも憶えていることでしょう。 その夜はお客様はケニアでの最後の夜。私も皆さんと一緒にホテルで一泊し、翌日のKさんの58才の誕生日の前夜祭。食事の後ホテルのディスコで一踊りのおまけ付きでした。 6日(日)は皆様が日本へ発たれる日。朝早くホテルを出発し「ナクル国立公園」を回り空港へ。 ナクルへの途中降っていた雨もナクルに着く頃には青空が見え始めていました。 2時間ほどの短い観光でしたが、百万羽とも言われるフラミンゴの大群の美しさと迫力に皆さん一様に「来て良かった・・・。本当に美しい!!!」と見とれていらっしゃいました。 お目当てだった白犀にも会い、「心残りは「豹」に出会えなかったこと」と冗談を言われながら空港へと向かいました。 お忙しい中を遠くケニアまでいらしてくださった支援者の皆様、本当にありがとうございました。書に、お料理に、写真に、折り紙に等等々、子どもたち、スタッフ、婦人グループにお客様共々本当に色々な体験をさせて頂きました。こちらの手落ちで色々ご不便をおかけしたと思いますが、これに懲りずに是非またケニアへ、ティカへお越しください。子どもたち共々心よりお待ちしています。 加えて今後ともよろしくお付き合い頂けますように。 重ねて本当にありがとうございました!!! 5月7日(月)ナイロビの知人宅から直接ティカのスタジアムへ。というのも8日からの新学期に合わせて、支援している子どもたちに2学期の学費を渡す為です。7日、8日、9日とスタジアムへ、キボコの自宅へと三々五々訪れる高校生たちに時間がとられます。 「新しい家」の子どもたちも一ヶ月の長い休みが終わり、新学期が始まりました。 私はと言うと、高校生に学費を渡す傍ら、延期して貰っている「通信10号」の 原稿書きと役員年次総会の準備です。 今回は長くなってしまいました。お読み頂きありがとうございました。 5月8日記 テル Moyo Children Center ■私がマザーテルミとお呼びしている照さんのブログから転載させていただきました。 (2007年 5月 8日 [火曜日])
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