| エピローグ |
@2001年、何かに誘(いざな)われてインドへの旅に出た。敢て言えばお釈迦様の聖地に赴きたいという気持ちがあった。カルカッタへ立ち寄ったのを機にマザーテレサの教会のミサに出た。あの時の尼僧の「天使の声」は今も忘れれられない美しいものとして心に強く残っている。地上のものとは思えぬあの美しさが私を変えたのか、時間の許す範囲でボランテイア活動をさせて頂いた。「死を待つ人の家」飛び込みのお手伝いで役に立つ筈もないのだが、リーダーの指示を受けて一心にさせて頂いた。配膳の準備、そして点滴を受けて寝ている人への食事のお手伝い。初めての体験で私は余裕すらなく直向に取り組ませていただいた。無理な姿勢で不自然だったのであろうか、その寝そべっている病人の方が、目配せをして自分の体のヨコに座るように伝えて下さった。ボランテイアをしてあげているという傲慢さ、お手伝い手助けをしてあげているという不遜さを私は一撃の下にガツンと叩きのめされた。労わるべき私が労わられた。あの想いは決して忘れることができない・・・。お役に立たせていただく謙虚な心を私はその「死を待つ家」で、そのインドの方に教えていただいた。A2002年秋、石川洋先生の講演会の折に一服のお茶を差し上げた時、「西口さん、あなたは子供たちを預かっている身だから、一度はカンボジアへ行って見られたらいいですねぇ」そうお声を懸けてくださった。いい意味で、ただお供するだけでは・・・そう思って、ならば、これからの遊書展の目的を「カンボジア募金」としてさせて頂き、小学校建設資金の240万円を募金集めさせていただこうと思いたった。そのご縁を戴いて、多くの方がご協力下さり、お声を懸けて下さり2年余で目標が達成できた。自社ビル購入に伴うお披露目に石川洋先生にご講演を頂き、お仲間の方々のお祝儀120万円も募金の一助にさせて頂いた。ここからカンボジアへの第一歩始まり、大きな出愛、ご縁をいただいた。 いよいよ明日、神母慈愛(カンボジア)へと旅立つ。 (2006年 11月 11日 [土曜日])
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| 仏教の国、カンボジアへ |
第1日目カンボジアーホーチミンーシェムリアップ ■関西国際空港に9時集合。11次50分発、一路ベトナム・ホーチミンへ約5時間、ホーチミンからシェムリアップへ50分。私たち一行13名はカンボジアの地を踏んだ。空港へ到着すると仏様が迎えて下さった。到着ロビィーの天井真上に鎮座ましますその仏の姿に私はまず「ほっ」とするものを感じ心が和んだ。 「開発のための仏教」代表のヘン・モニチェンダさんが優しい笑顔で空港に迎えて下さった。カーサホテル、カーサは確かスペイン語で家という意味だったと思うが、カンボジア第一の観光地アンコールワットのホテルで素敵な雰囲気のあるホテルだった。第一日目の夜として安らげるものがあった。 カンボジア伝統舞踊アプサラダンスを鑑賞しながらのバイキングの夕食会は初参加のメンバーにははじめてのカンボジア料理で楽しく和気藹々に談笑し、それぞれに舌鼓を打ちながら、それぞれの感覚感想を話しながら戴いた。アプサラダンスはカンボジアの伝統文化風土を解しない私にとっては琉球舞踊の方がフィットするものを覚えた。ホテルに帰って結団式として、それぞれが自己紹介をした。石川洋燈友会事務局長でツアーリーダーの大西さん、サブリーダーの高野さんご夫婦、縁の下の力持ちとして陰でサポート役をして下さった白矢さんをはじめ沖縄から3名・大阪1名・兵庫6名・京都3名の13人の心善大志(しんぜんたいし)。熱帯地の静かな夜を迎えた。 (2006年 11月 12日 [日曜日])
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| アンコールワット |
第2日目アンコールワット朝日の見学 アンコールトム・寺院見学後 バッタンバンへ ■明けきらない暁、終夜の名残の中にホテルを出て、専用バスで焼く20分、世界遺産アンコールワットに訪ねご来光を拝む。大門をくぐって大きな庭に入り、城壁というか寺院の壁といえる場所にみんなが並んで佇み朝日を迎える。アンコールワットの影が群青色の中からうっすらとシルエットを浮かび上がらせてきて、私たちの瞳に形を映し出してくる。乳白色の薄厚い雲が白んで来てもなお、お日様はその容(かたち)を現さない。その時期、季節の折々で姿を現す位置が変わる。みんなはその美しい光りに出会えるものと信じきっている。ガイドさんのコメントはまだ明確ではない。 中央部から右手に柔らかな明るさが射して、「日輪」がオレンジの弧を描いてその姿を現した。一瞬の静寂の中、見るもの全ての人が拝めますようにと心の中で祈りを始めた。偉法=宇宙の偉大な法則としての祈りの中で、天が気象が一つひとつの条件を整えて「太陽」がその美をこのカンボジアの大地を照らし始めた。 なんという優しい光り、明かりであろう。朝の静寂(しじま)に輝く美しさは熱帯でも温帯でも寒帯でも変わりなく、優しさをもって輝くのかも知れない。鮮やかな赤いピンクの蓮の花が池を飾っている。朝の大気の中で一枚一枚の花弁が深呼吸しているのさえ感じられる気の中で凛として咲いている美しさに魅了された。 池は中央塔の建物を映し実物と池に映るシルエットが幾何学的に対称的で朝日も映し出されて神秘的な雰囲気が醸し出された。 朝食後に訪れたアンコールトムのバイヨン寺院も規模はこちらのほうが大きく見ごたえがあった。世界中の人々に慈悲が届くように作られた四面観世音菩薩の表情も大らかな優しさが素晴らしいものであった。塔の中央部一倍高い所へも登り、途中ではガイドさんや伊藤社長の勧めもあって菩薩様と接吻をした。巨大な菩薩様がこちらの建物からの視覚効果で一体となり起立することで接吻したように見えるのだ。恥じらいながらみんなに見つめられての接吻は「観世音菩薩とキスをした男」として、常々、美しい言葉を大切にと言っている私に口移しで美語を授けられたような 思いで胸がキュンとなった気がした。 午後からはいよいよ目的地バッタンバンへとバス移動。熱帯地方カンボジアの大自然の田園風景は緑に包まれて美しかった。かつてアメリカを車で横断して見た風景、中国大陸を24時間以上の汽車で見た風景とはまた違って水田の風景が眼に染み入った。日本の国土の半分、人口が東京と同じ1億3千万人、雨季と乾季の落差があるとはいえ、この緑の大地を活用すればまだまだこの国は豊かになれるような思いすらした。緑の水田・牛たちの長閑な姿態・覆い包む気は30余年前の内乱の面影を消して、見るものの心を安らげさせた。私はかつて水田の大地に沈み行く夕日を見たことがなかった。視界を妨げる地形的な凹凸がここにはない。広い田園に熱帯特有の木が立ち、赤い砂利道の両脇の木々も含めて緑一色の感がオレンジ色に燃える日輪を輝かせた。 (2006年 11月 13日 [月曜日])
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| 表敬訪問・里子の子供たちへ |
第3日目開発のための仏教表敬訪問 石川カエ記念小学校訪問 アジア教育基金支援の里子訪問 ■「開発のための仏教=BFD」ここの代表のヘン・モニチェンダさんはハーバード大学の卒業とお聞きしているので国費で留学された優秀な方で元僧侶だそうだ。ゆったりとした落ちついた話し振りは説得力があり、言葉はわからないが気は十分に伝わって来るものがあった。BFDとアジア子供教育基金と石川洋燈友会が手を繋いでカンボジアの支援をさせて頂いている。 朝、BFDを表敬訪問させて頂いた後、石川洋先生がお母さんの名前を付けられた石川カエ記念小学校ヘ訪問して学校へ記念品・制服・文房具などを贈らせていただく。生徒たちと関係者の方々に歓迎されてコッ・クロロー郡郡長のメイ・ソックさんの挨拶を戴く。バッタンバンから焼く1時間半、田んぼ道をとおり水田の中の学校を訪ねる。水道・トイレがなく実際私たちも校舎の隅で用を足した。女性郡は帰り道の民家兼売店でトイレをお借りした。トイレが欲しいというのが要望だった。 午後、アジア子供教育基金支援里子訪問で大西さんと高野さんが養育支援しておられる子供さんの所へ訪ねた。自転車・米・調味料食品などを寄贈させていただき喜ばれる。里子の子供たちは面談に嬉しさと恥ずかしさを持って応対し帰り際には涙を流して手を振って下さった。高床式の家は粗末そのもので雨季は十分に凌げるのであろうかと思われる。勿論、電気・水道・トイレはない。それでも村人、子供たちは元気に健康に生きている。 夜、BFDの方々と懇親の夕食会。石垣島から参加された米盛さんの挨拶がみんなの感動を呼んだ。本人も涙ながらのスピーチで聞く者の涙を誘った。 (2006年 11月 14日 [火曜日])
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| 孤児院慰問 |
第4日目慈愛の母計画本部表敬訪問 ノリア職業訓練校視察 伸びゆく子供たち孤児院慰問 ■慈愛の母計画本部は12名の尼さんと5名のボランテイア大学生スタッフで運営されており、5つのキーステーションを持って村を巡回し困った人たちを助け、石川洋先生を中心に燈友会などがその活動資金を支援させていただいている。 ■ノリア職業訓練校は孤児の女性が自律して生活できるように指導している施設である。ミシンが20台ほど設置されていていろいろな手作りの製品をつくり販売もしている。ここは堀本さんが作られて指導運営したいた所で、突然の堀本さんの事故死でここの女性たちは生みの親・育ての親を亡くしその悲しみは想像絶するもので、指導員の説明中にも涙を流され私たちの涙を誘った。今回のチェムニ小学校の322名644セットの制服もここで製品化された。参加者も売り上げ協力の意図もあってそれぞれがここでたくさんのみやげ物を買わせていただいた。 ■「伸びゆく子供たち」と名づけられた孤児院。子供たちの明るく元気な姿に感動させられた。15名の子供たちは15歳から6歳ぐらいまでの子供たちが労わり合いながら生活している様子には驚かされた。 ■ (2006年 11月 15日 [水曜日])
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| 愛と平和のチェムニ小学校開校式 |
第5日目愛と平和のチェムニ小学校開校式 慈愛の母エッセイコンテスト表彰式 →プノンペンへ ■慈愛の愛と平和のチェムニ小学校 開校式挨拶 子どもの教育を考える会 代表 西口賢治 株式会社牛心 社長 伊藤勝也 今、皆さんと新しく建てられた学校の前にいることに心から感謝申し上げます。開校式を共によろこびあえることに神謝します。今回の学校建設に当たりましては、沖縄を初め日本全国の方々のお心を戴いて募金をさせて頂いたものです。2000人以上の方々の「愛と平和」への祈りが込められたものです。 「できることから始めよう」を愛言葉に募金をさせて頂いて、日本全国各地で遊書展をさせて頂き、そこに温かいご支援、ご協力を賜りました皆様のお心に感謝申し上げます。ボランテイアツールの求めて下さったお仲間の人に感謝申し上げます。 21世紀は五輪に象徴される五大陸ではなく、一輪の和、愛と平和をめざすみんな友達、みんな家族、一つになることが目標だと思います。今、目の前にいる400人の皆さんの愛と勇気と命が21世紀の宇宙の平和に繋がることを祈念します。皆さんがこの学校で、愛と平和を学び、ひとり一人の夢が実現することを心から応援いたします。有難うございました。 (西口) おめでとうございます。この歓びを心から祝福し皆様にメッセージを贈ります。日本は1970年代以降、「人類の進歩と調和」をスローガンに経済優先で発展して参りましたが、何か大事なものを忘れて来たように思います。カンボジアの子どもたち、皆さんの笑顔に触れて、私はその大事なものを思い出しました。感動しました。人間ひとり1人の力は本当に小さなもので微力です。しかし、1+1が2になるように、力を合わせれば大きなものになると思います。私は皆さんの前で誓います。仕事を通じて人様のお役に立つこと。それを通じてどんなに小さな形、力であっても愛と平和を目標に生きて行きたいと思います。どうぞ、カンボジアの若い皆さん、大きな夢を持って一緒に頑張りましょう。本当に有難うございました。 (伊藤) 〔実際の挨拶文とは異なります〕 ■322名の生徒さん、保護者家族親戚関係者、地元の方をはじめソール・ケーン副首相・僧侶・首長さん方の列席を得て約1000名の参加の下に「愛と平和のチェムニ小学校」(実際は慈愛が頭についています)の開校式が行われた。従来は2教室だったが今年はバッタンバンの町に近く、3教室でこれは初めてのことである。寄贈者代表として私と多大の支援を下さった牛心の伊藤社長の挨拶・副首相の祝辞・大西さんの挨拶・ツアー参加者による制服の配布・テープカット・校舎見学をさせて頂いた。 (2006年 11月 16日 [木曜日])
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| 視察 |
第6日目トゥールスレン虐殺記念館視察 ニュートリションセンター →プノンペン国際空港へ ■トゥールスレン虐殺記念館(刑務所博物館)。1974年から79年のポルポト時代に元高校だった場所を刑務所にして2万人を収容して処刑した場所。私は過去の事実を見て、歴史から学ぶというよりもその場所のそこに流れている気に拒否反応を感じ、一通り見て通り過ぎた。これはポルポト個人のエゴによる暴挙、虐殺なのだろうか、政治・宗教など複雑な問題を抱えているのだろうか?アウシュビッツのユダヤ人虐殺といい、間違いのないことは人間の仕業であり、私たちもまた人間であるということだ。 ニュートリションセンターは118名の孤児を抱え30名のHIVエイズの子供たち、障害を持つ子供が70名、ノーマルと書かれている子供たちが18名。国の行政機関から資金支援は20パーセント、80パーセントを寄付によって運営されている。これがカンボジアの行政力であるのかも知れない。乳幼児が多くスタッフ、ボランテイアスタッフがお世話をしている。洗濯機・哺乳瓶などご要望に合わせて現金も含めてご寄付をさせて頂く。 3,4名の海外からのボランテイアの女性がおられた。水痘症の乳幼児を抱えて食事を与えておられた。失礼な言い方かもしれないが抱きかかえるさえ、何か抵抗を感じられ病気が移るのではとさえ思われる子に直向にしておられた。これこそがボランテイアだと私は心を打たれた。小さな子供たちをあやして抱っこしてその場限りの優しさで自己満足するのとは違う。3,4ヶ月、あるいは1年以上に及んで奉仕をする。その姿に私はマザーテレサ、観音様の姿を見た。私には、何ができるのだろう。『できることから始めよう』この小さな積み重ねしかない。その姿に触れて強く心に誓った。この建物は「Music for Peace」と看板が掲げられてパバロッチが公演のギャラを寄付したものだそうだ。このような活動、運動を通じて一人でも多くの人に呼びかけれることも大事なことだと思った。 (2006年 11月 17日 [金曜日])
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| 今、ここから始まる(帰国) |
プノンペンーホーチミン関西空港(06:45)着 ■「石川洋先生のお言葉をお借りすると慈愛の母カンボジアスタエディツアーはここで終わりではなく、『今、ここから始まる』です。私たちが今、ここから何を始めさせていただいて継続させていただくかということだと思います。今回のツアーは大西さん・高野さんご夫婦の優しさと気配りのお陰だと思います。この場で心からの拍手をしてお礼に代えたいと思います。今回のツアーは今までになく参加者の気が合って和気愛々で終えることができたように思えます。これも偏に天から堀本崇さんが見守って下さり、地から石川洋先生がお祈りをして下さったお陰だと思います。これからもどうか『ありがとう』『愛してる』を愛言葉に、それぞれの皆さんが精進し愛と平和に寄与して生きたいと思います。次の出愛、彩快までお互いにハグをしましょう。ありがとうございました。」大西さんに指名いただいて私が関空での御披楽喜の挨拶をさせていただた言葉 ★ ★ ★ ★ 『カンボジアの星逝く』 〜堀本崇さんを悼んで〜 ただ直向に世のためと ただ一心に人のためと 私心を捨てて尽くし逝く それはあまりにも早く それはあまりにも突然で あなたは星になってしまった その小さなカンボジアの星は 小さな花で実を落とす 小さな種子はわれわれが 受けて育てて実らせて それがいつの日か花と咲き 実りの種子が大地に根ざし 花園となる日を待とう 咲かせよう愛の花 咲かせよう平和の実 一粒の種子を受け継ぐのは私たち 君よ安らかに眠れ 君よ星になって 美しく照らせカンボジアの大地 人の心を掘って耕し 本を直らせば いつの日か崇高に この国に平安が訪れる日が来るではないか 手をつなごう小さな手で 手をつなごう小さな愛で 「真の力とは小さな愛の花実だから」 (2006年 11月 18日 [土曜日])
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| エピローグ |
■真の力とは小さな「愛の行動」である。 ■誰かがやらなければならないことがある。 わたしはその誰かの一人でありたい。 ■『愛と平和』 先ず第一歩は言葉から。 ■一番貧しいことは 他者への想いがないことである。 ■自分の器を作らなければ 物質文明に飲み込まれてしまう ■お役に立つということが 生かされているという証 ■分かち愛とは 分け隔てなく1つになること ■万物不二 他自同一 全ては二つではない 全ては同一である 「知らないということは無いということである」 カンボジアスタデイツアーの中で、それは知識的なことだけでなく体験的なことにもいえると思った。水道電気ガス、これらをライフラインというが、そんなものは欧米日本の文明に毒された人間の言うことであって、カンボジアの多くの人たちは水道もないところで人間として生きておられる。『愛』こそがライフラインだ。私はそう強く感じた。『無知』を恥ずかしいことだと私たちは言う。カンボジアの現状の断片に触れ、このような現状が世界各地にたくさんあって、それを知らないこと、知ろうとしないことの無知こそ恥ずかしいことではないだろうか。 ☆開校式の記念式典で私は「愛と平和」「夢」を語った。それは自身のこれからの生き方の誓いであったのかも知れない。 ■さて、HPの事なんですが、カンボジア旅行記だけ、皆様へのご報告の意味もあると思いますので、別に切り出して見られるようにしておきました。 最後の子供の笑顔がすっごく印象的でした。 一瞬、僕には塾長みたいなことはできないし、伊藤社長のようにもできないし、石川先生みたいにもなれないなぁ〜 なんて、そんな風にも思ったけど、(今考えれば、そんなこと思う方が失礼です)日誌を読んでるなかで、「できることからはじめよう」って言葉を見たときに、「あっ」って思いました。 昔から塾長のもとで何回も耳にしてる言葉なのに、ちょっと忘れかけてたみたいです。 少林寺でもよく教えられました。 『同志の為に、できることをしてやってくれ。無理はする必要はない。金がある奴は金を出してくれたらいい。力がある奴は力を貸してくれ。頭がある奴は知恵をかしてくれ。時間がある奴は時間をとってくれ。「同志、相親しみ、相助け、相譲り、」(教義の中の一節です)できることをすればいいんだ。 決して格好いいHPではないけれど、機能的ではないかもれないけど、僕の自己満足的なお手伝いかも知れないけど、ほんの少しでも塾長のお手伝いをさせて頂いてる。そんなことを今日は再認識させてもらいました。これからも、本当にボチボチだけど、 どうぞよろしくお願いします。 ■旅の終わりに、今日一日、PCの前でカンボジア体験記を記した。これが書き終わって旅の区切りがつき、新たな「多美への始まり」が始まる。上の一文は教え子のA君からメールが入ったもの。こうしてどこかで誰かが支援してくださって、私の活動は継続される。なんと有難い事であろう。神謝・歓謝・感謝。 11.20.0:15終了。 (2006年 11月 19日 [日曜日])
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| 声援 |
■先生、お帰りなさい。写真の子供たちの笑顔を見ていると、行ってみたかったなあと思いました。暗いニュースが多い中で、少し癒されました。 ありがとうございました。 ■愛と平和のチェムニ小学校の開校おめでとうございます!! 先生はどんどん夢をかなえていきますね。 私も夢を現実に出来るようにしていきたいです。 実際、夢ノートに書いたものは、もう既に幾つかはかなっているのです。(掲示板より) ■カンボジアから帰ってきたら「特製のサーターアンダーギィー」が届いた。「Jimama」のCDが届いた。「柿」が届いていた。皆さんが声援を送って来て下さる。そう、ここからがまた、新しい始まりだ。また、次も頑張りよというメーッセージとして受け止めさせていただいている。 (2006年 11月 20日 [月曜日])
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